金丸良子教授による公開講演会「上海・老照片<オールド写真>の世界が開催されました

本学外国語学部の金丸良子教授が、平成26年6月28日に麗澤大学生涯教育プラザ1階のプラザホールにて、「上海・老照片<オールド写真>の世界」と題して講演し、69名の方が参加しました。
金丸教授による公開講演会と展示会は、麗澤オープンカレッジが開校した平成18年から始まり、今回で通算17回目を迎えました。1840年のアヘン戦争の結果、「南京条約」により開港した上海は、欧米列強が競って「租界」を設け、「魔都・上海」と称される繁栄を築きました。20世紀初頭、発明されたばかりの撮影技術を携えて、欧米からぞくぞくと撮影師達が中国各地を訪れ、清朝末期から中華民国にかけて、上は宮廷内の写真、下は貧しい庶民の生活写真までを記録に留めました。それらの老照片(ラオジャオピエン・オールド写真)の一端が、今回の講演会で紹介されました。また、金丸教授が蒐集された関連書籍もあわせて公開され、非常に興味深い講演会となりました。


講演会の冒頭、金丸教授は「日本租界というのは正式には存在していなかったことを知って驚いた」と話されました。イギリス・アメリカの「共同租界」の中で日本人が多く住み、日本人向けの食堂や商店が集まっていた地域を俗に「日本租界」と呼んでいただけで、土地借用についての正式な契約は交わされていなかったとのこと。


次に、金丸教授は、中国の写真史について、1839年にフランスで発明された撮影術が、1840年のアヘン戦争と共に欧米人によって中国にもたらされたこと、主な撮影者などについて解説されました。また、西暦751年から1937年頃までの上海に関わる年表、地図に基づき、上海が辿った歴史的変遷について、かいつまんで解説されました。その中で、1862年に高杉晋作が五代才助らとともに上海を来訪した事にふれ、『高杉晋作』(奈良本辰也著、中公新書、1965年)に基づき、欧米列強の脅威に曝された上海の現実を目の当たりにした高杉晋作は、日本の行く末に強い危機感を抱いたと解説されました。また、上海における外国人人口の比較、下関条約締結時の全権大使・李鴻章(り・こうしょう)などについても解説されました。




最後に、老照片のスライドの数々を投影しながら、一枚ずつ解説されました。
講演会終了後は、聴講した多くの方々が金丸教授とともに展示コーナーを見学しました。展示コーナーには、金丸教授が蒐集された数多くの写真パネルとともにブリキ製のおもちゃの軍用車、竹製のミニチュア家具、木製の洗濯板にお盆など、当時の暮らしの一端が伝わる品々も展示されていました。聴講した方々からは、「中国のことが知りたくて参加した」「今回初めてこの講演会に参加したが、非常に興味深かった。またぜひ参加したい」「上海には行ったことがあったが、先生の話を聞いて新たな視点をもつことができた」等の声が寄せられました。聴講生の方々は、上海の近代100年の歩みをとおして、日本と中国、欧米諸国とのつながりを再考することができたのではないでしょうか。



なお、今年度後期の講演会・展示会は「モンゴル族の生活文化」が予定されています。現在、お申し込みを受け付け中です。皆様のお申し込みをお待ちしています。